東京タワーの正式名称は日本電波塔

『東京タワー』の正式名称は【日本電波塔】です。
この名称の語源は、『東京タワー』の
管理会社である【日本電波塔株式会社】の社名そのものです。

この正式名称は、昭和32年の着工前に決められた正式名称ということになります。
昭和33年に竣工した【日本電波塔】は、その後公募により決定した愛称『東京タワー』として国民に親しまれる存在となりました。

けんけん

公募の際には東京タワーという愛称は不人気で、全く別の名前がついてしまうところでした。
その意外なエピソードが気になる方は是非続きをご覧ください。

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愛称が東京タワーに決定した経緯

東京タワーの正式名称

『東京タワー』の正式名称が【日本電波塔】であることは最初にお伝えしましたね。

この『東京タワー』という愛称は、【日本電波塔】ができた昭和33年に公募により選ばれました。
応募総数は 86,269通 。その結果をもとに、完成直前に開かれた審査会を経て正式決定となりました。

実は、公募で一番票が多かったのは『東京タワー』ではなく『昭和塔』という愛称で、そのあとに続いたのも『日本塔』『平和塔』だったのです。

では、『東京タワー』はどんな位置だったのでしょうか?

当時の得票数をまとめた以下の表をご覧ください

得票数順位 愛称名 得票数
1 昭和塔 1,832
2 日本塔 1,328
3 平和塔 1,054
4 富士塔 666
5 世紀の塔 646
6 富士見塔 615
(参考) (東京塔)
(東京タワー)
568
7 エターナルタワー 420
8 日本電波塔 373
9 東京塔 345
10 マンモス塔 307
11 宇宙塔 281
12 エンゼルタワー 274
13 東京タワー 223

なんとダントツの1,832票で1位を獲得していたのは『昭和塔』という愛称でした。

単純に票数で決定していたら、『東京タワー』はこの世に存在せず『昭和塔』と名付けられ、私たちにお披露目されていたことになります。

結果として、223票で13位だった『東京タワー』が選ばれましたが、「タワー」が「塔」に入れ替わった『東京塔』がそれよりも多い345票を獲得しています。

両方足しても568票ということで1位にも遠く及んでいないのですが、審査会に参加していた作家の徳川夢声が「東京タワーを置いて他にない」と推したことから、最終的に『東京タワー』に決定したとされています

賞金を獲得したのは小学生だった

この愛称募集にあたり『東京タワー』に投票した223人の中から抽選で、神奈川県在住の小学5年生(女の子)に10万円の賞金が贈呈されています。

当時の10万円は現在の貨幣価値に換算すると40万円以上に相当するようです。
(※貨幣価値については 日本銀行や金融についての歴史・豆知識 を参考にさせていただきました)

東京の観光スポットとして活躍してきた時代を振り返ると、あえて『東京タワー』という愛称に決めた判断は間違っていなかったと感じますね。

東京タワーの歴史

東京タワーの正式名称

もともと『東京タワー』は、主に東京の電波塔としての役割を担うため、当時の構造物としては日本最高となる332.6メートルの高さで建設されました。

『東京タワー』が開業したのは昭和33年、その高さは約333メートル。

図ったように「3」が見事に揃っているのですが、一致したのは偶然で、関東一円(北は水戸、東は調子、南は沼津、西は甲府)に電波を飛ばすのに必要な高さが333メートルだったのです。

その用途を電波塔・展望台・科学館として建てられたタワーは、後に東京観光の名所となり、開業翌年には当時上野動物園が持っていた360万人の年間入場者記録を大幅に上回る513万人を記録しました。

2010年に当時建設中の『東京スカイツリー』が高さ338メートルに達し、『東京タワー』はその時点で日本で2番目に高い建物となりました。

『東京スカイツリー』は2012年に634メートルとなり世界一高いタワーとして完成。
この634メートルという数字は、東京近辺の旧国名でもある「武蔵」の語呂合わせとも言われています。

東京タワーのあゆみ

東京タワーが歩んできた歴史を時代の流れとともに追いかけてみましょう。

1958年 日本一高い建物となる
愛称『東京タワー』として営業開始
1959年 年間来塔者数513万人を記録 当時上野動物園が持っていた360万人を抜く
1995年 来塔者が1億2,000万人を突破 日本の総人口に相当する人数を突破
2010年 日本一2番目に高い建物となる 建設中の『東京スカイツリー』が高さ338メートルに到達
2012年 電波塔としての役割の大半を終える 『東京スカイツリー』が電波塔として開業
2018年
9月末
電波塔としての役割を終える
同時に東京タワー水族館を閉館
以後、『東京スカイツリー』の予備的な位置づけに
2018年
2019年
運営会社の商号を変更 ※詳しくは後ほど記載しています

『東京タワー』は、『東京スカイツリー』ができるまでの約60年間にわたり、東京の電波塔としての役割を担い、観光スポットとしても東京近辺を目的地とするツアーや修学旅行などにおける定番の行き先として定着し愛されてきました。

現在は、東京のランドマークタワーとしての人気とその役割の多くを『東京スカイツリー』に譲りつつも、長きにわたり人気を博した歴史ある観光スポットとして、新たなイベントや催しを展開しながら営業を継続しています。

東日本大震災時には頂上付近のアンテナが曲がってしまった!

2011年3月11日。『東京タワー』は東日本大震災の影響を受け、頂上部のアンテナが上から3分の1の部分で曲がってしまいました。
タワーは営業を中止し、観光客は階段を下りて脱出。幸いけが人が出ることはありませんでした。

曲がってしまったアンテナの修復作業は、応急処置として即日行われました。
(作業員さんが直接のぼって修復作業したというから驚き)

そのときの貴重な映像はこちら。(YouTubeより)

その後、2012年1月26日から大規模な工事が開始され、1年以上をかけて頂上部のアンテナが交換されました。

運営会社の名称も『東京タワー』に

今回、『東京タワー』の正式名称の由来としてご案内させていただいた【日本電波塔株式会社】ですが、2018年に社名を『株式会社東京タワー』、元号が令和に変わった翌年に『株式会社TOKYO TOWER』へと改名しており、愛称である『東京タワー』に合わせた会社名で再出発しています。

昭和32年(1957年) 日本電波塔株式会社
平成30年(2018年) 株式会社東京タワー
令和元年(2019年) 株式会社TOKYO TOWER

これで正式名称である【日本電波塔】の文字は、会社の沿革に身をひそめる形となりました。

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さいごに

『東京タワー』の正式名称はなんだろう?という問いから始まった今回のお話ですが、その正式名称はタワーを運営する会社の名称【日本電波塔】そのものでした。

愛称決定に至る経緯では、意外にも公募で13位だった『東京タワー』が選ばれていたことに驚きました。

最後に、『東京タワー』から電波塔としてバトンを受け取った『東京スカイツリー』も愛称を公募により決定していますので、少しご紹介させていただきます。

『東京スカイツリー」も公募で決定した愛称

当時、『(仮称)新東京タワー』としてその愛称が募集されました。
総投票数は110,419票で最終候補に残った名称は次の通り。()内は得票数

東京スカイツリー(32,699票)
東京EDOタワー(31,185票)
ライジングタワー(15,539票)
みらいタワー(13,915票)
ゆめみやぐら(9,942票)
ライジングイーストタワー(6,426票)

僅差で『東京スカイツリー』に決定しています。
この最終候補の選出にいたるまでにも『東京タワー』の時のような面白い逸話がありますので、気になる方は調べてみると良いですね。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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